Created on September 21, 2023 by vansw

Tags: No tags

399


冬の朝の淡い悲しみが、透き通った衣となって私を薄く包んでいた。


そのとき私は視野の片隅に、ちらりと動くものを認めた。 動きからして、犬とか猫ではない。 どうやら人のようだ。それも小さな人影決して大柄な体つきではない。私は相手に気取られ ないように、身体の向きを変えることなく、目だけを動かしてその方向を観察した。


その誰かは墓石の陰に身を隠していたが、 墓石はその人物の身体全体を隠せるほど大きくはな かった。 そこからはみ出して見える着衣の一部が、「イエロー・サブマリン」の緑色のヨットパ カであることが、私には見て取れた。 間違いない。


おそらく少年はその朝、子易さんの墓所を訪ねてやって来て、たまたま墓前に座っている私に 出くわしたのだろう。そして他人との接触少年が何より苦手とすることだ―を避けるため に、手近な墓石の陰に素速く身を隠したのだ。 彼がどれほど長くそこに潜んでいたのか、知るべ くもない。


墓石に向けて私が語ったことを、そのどこまでも個人的な独白を、彼は耳にしただろうか? 私はそれほど大きな声で語っていたわけではない(と思う)。 そして少年はそれほど近くに身を 潜めていたわけではない。しかしなにしろあたりはおそろしく静かだった (そう、文字通り墓場 のように静まりかえっていた)。また彼は小さな身体の割に広々とした一対の耳を持っていた。 ひょっとしたらその耳で一部始終を聞き取っていたかもしれない。


しかし仮に彼が、私の語った話をひとこと残らず耳にしていたとしても、それで何か不都合が 生じるだろうか? もし相手が通常の人間であれば、私の語った「壁に囲まれた街」についての 話は事実としてではなく、ただの夢物語として片付けられることだろう。 幻想的な種類のフィク


399 第二部