Created on September 21, 2023 by vansw

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その月曜日の朝、私は例によって小さな花束を手に子易家の墓所を訪れた。 空はどんより曇っ て、風に湿り気が感じられ、今にも雨か雪が降り出しそうだった。 でも傘は持たなかった。傘が なくても、多少の雨や雪なら野球帽とダッフルコートのフードでしのげるはずだから。


私はまず墓前で手を合わせ、 一家三人の冥福を祈った。 不幸な交通事故で命を落とした五歳の 少年と、そのことを嘆き悲しんで増水した川に身を投じた母親と、山道を歩いているときに心臓 発作で急死した図書館長、彼らは今では私にとって不思議に身近な存在になっていた。 生きてい るときの彼らとは一度として顔を合わせていないにもかかわらず。


それから私はいつものように前の石垣に腰を下ろし、滑らかで黒々とした墓石に向かって、あ るいはその奥にいるかもしれない子易さんに向かって語りかけた。ときおり木立の中でいつもの 冬の鳥が鋭い声を上げた。まるでついさっき世界の裂け目を目撃してきたかのような悲痛さを含 んだ叫びだ。しかしそれを別にすれば、あたりは静まりかえっていた。物音という物音を厚い雲 がそっくり吸い込んでしまったみたいに。


私はその週に図書館で起こった出来事を子易さんに一通り報告した。例によってたいしたこと


397 第二部