Created on September 21, 2023 by vansw
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少し距離をあけて。 でもそんなことをされたら、女の子の方は当然気味悪がります。 そして彼女 の両親が校長に訴えて、ちょっとした問題になりました。 この町の人はみんなそのことを知って います。ですから自分たちの子供があの子の近くに寄ることを歓迎しません」
私はその後、いつもの窓際の席で読書に集中しているその少年の姿を、 それなりに意識して観 察するようになった相手に気取られないよう、適切な距離を置いて。
私が目にした限り、彼は常に「イエロー・サブマリン」の絵のついた同じ緑色のヨットパーカ を着ていた(よほど気に入っているのだろう)。それまでその少年の姿は私の注意をとくべつ引 かなかったのだが、添田さんの説明を聞いたあとでは、彼が集中して本を読んでいる姿には、何 かしら普通ではない気配が感じ取れた。いったん本のページを開いて読み始めると、長時間ぴく とも姿勢を変えないこと(たとえ頬にアブがとまっても気がつかないのではないか)、文字を 追う目つきがフラットで表情を欠いていること、 時にはうっすら額に汗が浮かんでいるように見 えること。
しかしそういうのも添田さんから事情を聞いて、意識して観察するようになって初めて気づい たことで、何も知らず当たり前に眺めていれば、とくに違和感を覚えることもなくやり過ごして いたはずだ。一人の小柄な少年が、図書館の席で脇目も振らず本を読んでいる――ただそれだけ のことだ。私だってその年頃にはやはり同じように夢中になって、ほとんど寝食も忘れて読書に 耽っていたものだ。
そして私の生年月日を尋ねたとき以来、それを最初で最後として、その少年が私に話しかけて
395 第二部