Created on August 29, 2023 by vansw
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ほと
は辺りに様々な季節の花を咲かせ、通りに心地よい水音を響かせ、獣たちに新鮮な飲み水を提供 した。川は名前を持たない。ただの「川」でしかない。街が名前を持たないのと同じように。
南の壁のすぐそばにあるその 「溜まり」について様々な興味深い話を聞いているうちに、私は どうしても自分の目でそれを見てみたくなった。 でも一人でそこまで歩いて行けるほど、私は街 の地理に詳しくはない。 溜まりに行くには険しい丘を越えなくてはならず、その道筋はかなり荒 廃しているという話だ。だから私は君に案内を頼むことにする。 いつか曇った午後、一緒に南の 溜まりを見に行くことはできないだろうかと、私は尋ねる。
君は私の申し出についてしばらく考え込んでいる。 薄い唇がまっすぐ堅く結ばれている。 「溜まりにはできるだけ近づかない方がいいのよ」と君は言う 君は今では私に慣れ、比較的親 しい口調で話をするようになっている)。 「ずいぶん危険な場所なの。 何人もの人がそこに落ちて 穴に吸い込まれ、そのまま行方知れずになった。そのほかいろんな怖い話がつたわっている。 だ から街の人たちはあのあたりには近寄らないようにしている」
「離れたところから眺めるだけだよ」と私は君を説得する。 「どんなものか見てみたいんだ。 水 辺に近寄らないようにすればいいんだろう」
部
君は小さく首を振る。 「いいえ、どれだけ注意しても、あそこの水は人を呼び寄せるの。 溜ま りにはそういう力がある」
第
それは人々をそこに近づけないようにするため、意図的に流布された作り話ではなかろうかと 私は疑う。壁の外の世界については、いろんな恐ろしい噂が人々の間で囁かれていたが、そのお
ささや
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