Created on September 21, 2023 by vansw
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「水曜日の子供は苦しいことだらけ」と添田さんは言った。「この歌はご存じですか?」
私は首を振った。
「マザーグースの歌の一節です。 月曜日の子供は美しい顔を持ち、火曜日の子供はおしとやか、 水曜日の子供は苦しいことだらけ・・・・・・」
「聞いたことはないと思う」と私は言った。
「ただの童謡です。 それに当たっていません。 私は月曜日の生まれですが、とくに美しい顔を持
ち合わせてはいませんもの」と添田さんは言った。いつもの生真面目な顔で。
「水曜日の子供は苦しいことだらけ」 と私は繰り返した。
わらべうた
「童歌の文句。 ただの言葉遊びです」
「どうして彼は学校に行かないんだろう? いじめとか、そういうこと?」
「いいえ、そういうのではありません。 高校に入れなかったのです」
添田さんは手にしていたボールペンを下に置き、眼鏡の位置を調整してから話を続けた。 「一昨年の春にあの子は、この町の公立中学をなんとか卒業しましたが、 近隣の高校には進めま せんでした。なにしろ成績にひどくムラがあるものですから。 得意とする分野では完璧な点数を とるのですが、不得意な分野では場合によっては零点に近い成績です。 読んだ本の内容は、写真 記憶とでもいうのでしょうか、 そっくりそのまま暗記しますが、 なにしろ取り入れた情報量が膨 大で、あまりに詳細なものですから、それらを実際的なレベルでつなぎ合わせることがむずかし くなります。そしてそれらの情報のほとんどは専門的すぎて、高校の入学試験なんかには役に立 たないものです。おまけに体育の授業を受けることを一貫して拒否しています。普通の高校には
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