Created on September 21, 2023 by vansw
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から、私は不思議に思ったものだった。学校に行かなくていいのだろうか、と。
だから私は添田さんに一度尋ねてみた。 あの子は学校に行かなくていいのかな、と。
添田さんは首を振って言った。 「あの子は事情があって、 学校には通っていません。 彼にとっ てはここが学校のようなものなのです。 ご両親もそのことは了解しておられます」
おそらく登校拒否のようなものなのだろうと私は理解した。 だからそれ以上質問はしなかった。 学校に行かなくても、毎日のように図書館に通って読書に励んでいるのなら、それでとくに問題 はないだろう。
しかしその日の彼は珍しく本を手に取ることもなく、何か考え事をするように、 書架の前をた だ行き来していた。
「失礼ですが」と少年は歩みを止めて私に言った。
「なんでしょう?」と私は書物を腕に抱えたまま言った。
「あなたの生年月日を教えていただけますでしょうか?」と少年は言った。その年齢の男の子に しては、話し方が丁寧で几帳面すぎる。 そして抑揚を欠いている。まるで紙に印刷された文章を 棒読みしているみたいだ。
私は何冊かの本を抱えたまま、姿勢を変えて彼の顔をまっすぐ見た。 育ちの良さそうな整った 顔立ちだった。 顔の造作に比べて耳が大きい。 髪は最近調髪されたらしく、きれいに刈り上げら れ、耳の上のあたりが青くなっている。小柄で色白、首と腕はひょろりと長い。 日焼けをした形 跡はまったく見当たらない。 どう見てもスポーツを愛好するタイプには見えない。そして私をま っすぐ見つめるその両目には、不思議な種類の輝きが宿っていた。 焦点がくっきり絞られた鋭い
387 第二部