Created on September 21, 2023 by vansw

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書架の前で書籍の整理をしているとき、一人の少年に声をかけられた。 午前十一時過ぎだった。 私はベージュの丸首のセーターに、オリーブグリーンのチノパンツという格好で、首からは図書 館の職員であることを示すプラスティックのカードをさげていた。 傷んだ本を書架から抜き出し、 新しい書籍に取り替えていく作業だった。


少年は小柄で、十六歳か十七歳くらい、緑色のヨットパーカに淡い色のブルージーンズ、黒い バスケットボール・シューズという格好だ。 どれもかなり着古されており、また微妙にサイズが 合っていない印象を与えていた。 誰かのお下がりかもしれない。 ヨットパーカの正面には黄色い 潜水艦の絵が描かれていた。 ビートルズの「イエロー・サブマリン」だ。ジョン・レノンが昔か けていたような金属縁の丸い眼鏡は、彼のほっそりした顔に対してサイズが大きすぎるのか、少 し斜めに傾いている。まるで一九六〇年代から間違えてここに紛れ込んできたみたいだ。


私はその少年を閲覧室でよく見かけていた。彼はいつも窓際の同じ席に座って、真剣な顔つき で本に読み耽っていた。 ページを繰るときを別にして、身動きひとつせず。 よほど本を読むのが 好きなのだろうと私は思った。ただ毎日のように、朝からずっと図書館に入り浸りになっていた


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