Created on September 21, 2023 by vansw
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ご心配なく。しかしいささかしゃべり過ぎたようです。 申し訳ないのですが、もうそろそろ行か ねばなりません。そういう時刻になってしまいました。 今ここでわたくしに申し上げられるのは、 ただひとつ――それは、信じる心をなくしてはならんということです。 なにかを強く深く信じる ことができれば、進む道は自ずと明らかになってきます。 そしてそれによって、来たるべき激し い落下も防げるはずです。 あるいはその衝撃を大いに和らげることができます」
つか
来たるべき激しい落下を防ぐ? いったい何からの落下なのだ? 私には話の筋がよく把めな
かった。
「子易さん、また近くお目にかかれますか? あなたにうかがわねばならないことが、まだたく さんあります」
子易さんは机の上に置いたベレー帽を手に取り、慣れた手つきでその形を整えた。 そして頭に かぶった。
「はい、そのうちにまたお目にかかれるでしょう。 わたくしみたいなものでよろしければ、喜ん でお役に立ちたいと思っております。 しかしこの次がいつになるか、わたくしにもたしかなとこ ろはわからんのです。 微妙に移り変わる場の流れが、わたくしを方々に運んでいきますし、この ように面と向かってお話をするには、しかるべき力の蓄えが必要とされます。しかし、きっとほ どなくお目にかかれるでしょう」
話している子易さんの姿が、全体的に少しずつ薄れつつあるように思えた。 向こう側がいくら か透けて見えるみたいに。しかしそれはあくまで気のせいかもしれない。部屋の明かりは十分な ものではなかったから。
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