Created on September 21, 2023 by vansw

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あなたがこの図書館の、 わたくしの職のあとを継ぐべき人であるということが。というのは、 こ の図書館はただの普通の図書館ではないからです。 ただたくさんの本を集めた公共の場所という だけではありません。 ここはなにより、 失われた心を受け入れる特別な場所でなくてはならない のです」


「ときどき自分のことがわからなくなります」と私は正直に打ち明けた。「あるいは見失うと言 うべきかもしれません。 この人生を自分として、自分の本体として生きている実感が持てないの です。自分がただの影のように思えてしまうことがあります。そのようなとき私は、ただただ自 分を形どおりになぞって、巧妙に自分のふりをして生きているような、落ち着かない気持ちにな ってしまうのです」


「本体と影とは本来表裏一体のものです」と子易さんは静かな声で言った。 「本体と影とは、状 況に応じて役割を入れ替えたりもします。 そうすることによって人は苦境を乗り越え、生き延び ていけるのです。何かをなぞることも、何かのふりをすることもときには大事なことかもしれま せん。気になさることはありません。なんといっても、今ここにいるあなたが、 あなた自身なの ですから」


子易さんはそこではっと口を閉ざし、顔を突然大きく歪めた。まるで何か異物を呑み込んだと きのように。そして肩を上下に何度か揺らして、長く大きく息をついた。


「大丈夫ですか?」と私は尋ねた。


「ああ、大丈夫です」と子易さんは呼吸を整えてから言った。 「何もまずいことはありません。


383 第二部