Created on August 29, 2023 by vansw
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尾根から下ってきた水の流れは、今では堅く塗り込められた東門のわきから壁の下をくぐり抜 け、その姿を我々の前に現し、街の中央を横切って流れる。 人間の脳が左右に分割されているの と同じように、街はその川によっておおよそ南北半分ずつに分割されている。
川は西橋を過ぎたあたりで向きを左に変え、緩やかな弧を描きながら、小高い丘の間を抜けて 南の壁に達する。 そして壁の手前で流れを止め、 深い 「溜まり」を形成し、その底にある石灰岩 の洞窟に呑み込まれていく。 南の壁の外には、ごつごつとした石灰岩地の荒原が見渡す限り続い ているということだ。 それはずいぶん荒ぶれた、奇怪きわまりない風景であるらしい。そしてそ の荒原の地下には、無数の水路が血管のように張り巡らされているという。暗黒の迷宮だ。
ときおりそのような暗黒の川筋から迷い出てきたらしい不気味な姿の魚が、 川岸に打ち上げら れた。そんな魚たちの多くは目を持たなかった(あるいは小さな退化した目しか持たなかった)。 そして太陽の下で不快きわまりない異臭を放った。とはいえ、実際に私がそのような魚を目撃し たわけではない。ただそういう話を聞いただけだ。
そのような不穏な情報を別にすれば、川の流れはどこまでも優美で清々しいものだった。それ
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