Created on September 21, 2023 by vansw
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ちは、まことに純粋なものであり、百パーセントのものだった。そう、あなたは人生のもっとも 初期の段階において、あなたにとって最良の相手に巡り会われたのです。 巡り会ってしまった、
と申すべきなのか」
子易さんはそこでいったん言葉を切って身を前に屈め、ストーブの火を見つめながら何かを考 え込んでいるようだった。その目はストーブの炎の色を反映していた。
「しかしながら彼女はある日突然どこかに姿を消してしまった。 何のメッセージも、何のほのめ かもヒントも残さず。 どうしてそんなことが起こったのかあなたには理解できない。そうなっ た理由を推しはかることもできない。
ひとがた
わたくしの場合も似たようなものでした。 一人息子を事故で亡くしたあと、妻は自死を選び取 りましたが、 そうするにあたって、わたくしにはひとことの別れの挨拶もなく、 また遺書らしき ものも残されておりませんでした。 彼女が寝ていた布団に、その小さな人形の窪みに、葱が二本 残されていただけです。 長くて白い、 とても立派な新鮮な葱でした。 彼女はわざわざそれを布団 の上に置いていったのです。 自分の身代わりみたいに。
ああ、その葱がいったい何を意味するのか、誰にもわからなかっただろうし、わたくしにもわ かりませんでした。 それは大きな謎としてわたくしの中に執拗に残っております。 その鮮やかな 白さは網膜に今も焼きついております。 どうして葱なのか、 なぜ葱でなくてはならなかったのか。 もし死後の世界で妻に会うことができたなら、その意味を尋ねたいと願っておりました。しかし 死後の世界においても、わたくしはこのようにあくまでひとりぼっちです。 謎は謎のままです」 子易さんはしばし目を閉じていた。 網膜に残った葱の残像を今一度確かめるように。 やがて目
381 第二部