Created on September 21, 2023 by vansw

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いを求めて、 こちらの世界とあちらの世界を往き来するそれは果たしてまともなことなので しょうか?」


子易さんは――あるいは彼の魂は腕組みをしたまま深いため息をついた。 そして言った。 「あなたにひとつおうかがいしたいことがあります」


「なんでもおっしゃってください」


「あなたは今現在に至るまで、ほかのだれかをその少女に対するのと同じほど、心から好きにな った、愛しく想ったという経験をお持ちになりましたか?」


私はそれについていちおう考えた。 考えるまでもなかったことだが。 そして言った。


「人生の過程で何人かの女性と巡り会い、その相手を好きにもなりました。 それなりに親密に交 際もしました。でもその少女に対するような強い気持ちを抱けたことは一度もありません。つま り、頭が空白になってしまうような、 白昼に深い夢を見ているような、ほかのことなど何ひとつ 考えられないような、そんな混じりけのない心情を抱くことは。


結局のところ、私はその百パーセントの心持ちを、それがもう一度自分の身に訪れてくれるこ とを、今に至るまで待ち続けていたのだと思います。 あるいはかつてそれを私にもたらしてくれ た女性、その人を」



「それはわたくしとても同じことです」と子易さんは静かな声で言った。 「わたくしも妻を亡く したあと、ああ、縁あって何人かの女性と知り合いました。 それほど多くではありませんが、何 人かと。また後添いをということで、多くの人が見合い話のようなものを持ってきてくれました。



のちぞ


妻を亡くしたときわたくしはまだ四十代でしたし、旧家の跡取り息子として、このような小さな


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