Created on September 21, 2023 by vansw
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の中に一人で横たわっていました。 壁に囲まれた街の、門のすぐ近くに掘られた穴です。 門衛が そこにいる私を見つけ、街に入りたいかと尋ねました。入りたいと私は答えました。おそらく誰 かが、何らかの意思が、私をその穴の中に運び込んだのでしょう。 もちろんそのあと門衛の問い
かけに答えて、街に入ることを決めたのは自らの意思であるわけですが」
子易さんはしばらくそれについて考え込んでいた。 それからおもむろに口を開いた。
「ああ、それが何を意味するのか、その意思なるものがいかようのものなのか、その目的が奈辺 にあるのか、それはわたくしにもわかりません。 わたくしは実体を持たないただの個人的な魂に 過ぎませんし、死によって何か特別な叡智を与えられたわけでもありません。
ただあなたのお話をうかがっていて、わたくしに推しはかれるのは、それらはじつはすべてあ なたの心が望まれたことではなかったのか、ということです。あなたの心が あなた自身が知ら ないところで) それを望まれただからそれは起こったのだと。 いや、そんなことはないとお っしゃるかもしれません。 あなたはその謎の街に居残ることを、自らの意思できっぱり選択され たのだと。でもあなたの本当の意思はそうではなかったかもしれない。 あなたの心はいちばん深 い底の部分で、その街を出てこちら側に戻ることを求めていたのかもしれませんよ」
「つまり私の意思を超える、より強固な何らかの意思というのは、私の外側にあるものではなく、 私自身の内にあるものだったと?」
「はい、もちろんこれはわたくしのふつつかな個人的推測に過ぎません。しかしお話をうかがっ ていますと、わたくしにはそのようにしか思えんのです。 あなたはおそらくはご自分の意思でそ の不思議な街にお入りになり、 そしてまたご自分の意思でこちら側に戻ってこられた。あなたを
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