Created on September 21, 2023 by vansw
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「立派なお墓でした」と私は言った。 死んだ本人に向かってお墓を褒めるなんて、どうも奇妙な ものだと思いつつ。「あの石は子易さんご自身が選ばれたのですか?」
「はい、そうです。 あの墓石はわたくしがまだ生きておるうちに選んで、支払いもすべて済ませ ておいたものです。 そこにわたくしたち三人の名前と生年と没年だけを刻んでもらいたい。 そ れ以外には何ひとつ記さないようにしてくれと、親しくしていた石材店の主人に念入りに頼んで おいたのです。そして彼はすべてわたくしが指示したとおりにしてくれました。 死んでから自分 の目で、自分の墓石の出来具合をたしかめるというのも、なんだか奇妙なものですが」
子易さんはいかにも楽しそうにくすくす笑い、私もそれに合わせて微笑んだ。
私は尋ねた。「お墓に入って、 ご家族三人がまた一緒になれたということですね」
子さんは小さく首を振った。 「ああ、まあそのように考えられるときっとよろしいのでしょ うが、実際にはそうではありません。 お墓に入っているのは結局のところ、三人の遺骨に過ぎま せんし、 骨と魂とはまず繋がりのないものです。 ええ、 骨は骨、魂は魂です――物質と、物質に あらざるもの。 肉体を失った魂はやがては消えてしまいます。そのようなわけで、こうして死ん でしまって死後の世界にありましても、わたくしはやはり生きている時と同じようにひとりぼっ ちなのです。妻も子供もどこにも見当たりません。 墓石に三人の名前が刻まれているというだけ のことです。そしてやがてはこのわたくしの魂も、しかるべき時間が経てばどこかに消えて、無 と帰することでしょう。 魂というのはあくまで過渡的な状態に過ぎませんが、無とはまさしく永 遠のものです。いや、永遠というような表現を超越したものです」
部
私は口にすべき言葉を考えたが、その場にふさわしい言葉はどうしても浮かんでこなかった。
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