Created on September 21, 2023 by vansw

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意識の奥でひそかに予想していたように、子易さんはそこで私を待っていた。 薪ストーブはちらちらと静かに燃え、 小部屋はちょうど良い具合に暖められていた。 寒くはな いし、暑すぎもしない。 林檎の古木を舐める赤い炎は大きすぎもせず、小さすぎもしない。 子易 さんはどうやら私がそこを訪れる時刻を予測し(あるいは前もって承知し)、それに合わせて、 部屋をしばらく前から暖めていたようだった。 大事な客をもてなす賢明なホストのように。 部屋 には林檎の香りがうっすらと漂い、そこはかとない親密さが感じられた。 注意深くはあるが押し つけがましさのない親密さだ。


「やあ、 ようこそ」、 私が部屋の扉を押し開けると、子易さんは丸い顔に微笑みを浮かべて言っ た。 「お待ちしておりましたよ」


子易さんはいつもどおりの身なりだった。 机の上には紺色のベレー帽が、くったりとした格好 で置かれていた。 長年にわたって着用されてきたグレーのツイードの上着に、格子柄の巻きスカ ート、そして黒い厚手のタイツ、底の薄い白いテニスシューズ。 コートらしきものは見当たらな い。彼がこの建物を出て、寒冷な風に吹かれて屋外を歩くようなことはおそらくないのだろう。


371 第二部