Created on September 17, 2023 by vansw

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は無だった。雪の予感を含んだ寒冷さが、鉄の腕のように私の意識を厳しく締め上げ、支配して いた。寒いという以外の感覚がそこに潜り込める隙は微塵もない。 そしてふと気がついたとき、 私の足は自動的に図書館のある方角に向かっていた。まるで私の履いた雪靴が、持ち主である私 以上に明瞭な意志を持ち合わせているみたいに。


コートのポケットには図書館のあちこちの部屋の鍵を集めた鍵束が入っていた。私はそのうち でいちばん太い鍵を使って鉄製の門扉を開き、 図書館の敷地の中に入った。そしてなだらかな坂 道を上って、玄関の引き戸の錠を開けた。 腕時計の針は十二時半を指していた。もちろん館内は 無人で真っ暗だ。 壁につけられた緑色の非常灯が微かな光を放っているだけだ。


その貧弱な明かりを頼りに、何かにぶつからないようにそろそろと歩を運び、カウンターに常 備してある懐中電灯を見つけて手に取った。 そしてそれを使って足元を照らしながら真っ暗な館 内を奥へと進んだ。私が向かうべき場所はひとつしかなかった。もちろんあの薪ストーブのある 半地下の正方形の部屋だ。