Created on September 17, 2023 by vansw
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が私を眠らせまいとしているのだ。何かか…....。
私は決心してパジャマを脱ぎ、できるだけ暖かい格好に着替えた。厚手のセーターの上にダッ フルコートを羽織り、カシミアのマフラーを首に巻き、毛糸のスキー用帽子をかぶり、ライニン グのついた手袋をはめた。そして外に出た。 家の中で眠れないままじっとしていることに、そし てほとんど五分ごとに時計の針に目をやり続けることに、これ以上耐えられなくなったからだ。 それくらいなら、寒い戸外をあてもなく歩いている方がまだましだ。
ひとけ
家の外に出ると、風が吹き始めたことがわかった。 昼間の穏やかな暖かさは消えて、空は分厚 い雲に覆われていた。 月も星も何ひとつ見えない。 まばらな街灯が人気のない路面を寒々しく照 らしているだけだ。 山から吹き下ろす不揃いな風が、葉を落とした枝の間を音を立てて吹き抜け ていた。 冷ややかな湿気を含んだ風だ。いつ雪が降り出してもおかしくない。
どこに行くあてもなく、白い息を吐きながら川沿いの道路を歩いた。 重い雪靴が砂利を踏みし める音が不自然なほど大きくあたりに響いた。川は半ば氷に覆われていたが、 それでも流れの音 は耳にくっきり届いた。 きりきりと凍てつく夜だったが、その冷ややかさを私はむしろ歓迎した。 冷気は私の身体を芯から引き締め、絞り上げ、もやもやとしたあてのない思いを一時的にせよ麻 痺させてくれた。寒風のせいで両目にじわりと涙が滲んだが、 おかげでさっきまで耳の奥で鳴り 響いていたとりとめのないメロディーはもうどこかに消えていた。 北国の冬の美徳とでも言うべ きなのか。
歩きながら私は何も考えていなかった。 頭の中にあるのは心地よいただの空白だった。あるい
369 第二部