Created on September 17, 2023 by vansw
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その夜、いつものように夜の十時前後に布団の中に入った。 しかしうまく寝付くことができな かった。それはかなり珍しいことだった。 私は布団の中に入るとすぐに眠りに就いてしまう人間 だ。枕元には本が一冊置かれているが、それが開かれることは稀だ。 そしておおむね朝の光とと もに自然に目を覚ます。 おそらく私は幸運の星の下に生まれついた人間なのだろう。多くの人た ちから、不眠の苦しみについての話をさんざん聞かされてきたから。
でもその夜、私はなぜかうまく眠りに入ることができなかった。 身体は自然な眠りを求めてい るはずなのに、どうしても眠れないのだ。おそらく気が高ぶっているのだろう。
私は頭の中にぽっかりとあいたかのように思える) 空白部分を満たすために、目を閉じて子 易さんの墓のことを考えた。 子易家の墓所に立つ、モノリスのようにのっぺりとした墓石。その 新しい石材のどこまでも滑らかな輝き。 そこに刻まれた、家族三人それぞれの生年と没年。 そし 私が持参した小さな花束や、木立を行き来する冬の鳥のきりっと鋭い啼き声や、あちこち凍り ついた不揃いな寺の石段のことを考えた。 スライド写真を眺めるように、それらのイメージを順 番に追っていった。
367 第二部