Created on September 17, 2023 by vansw
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紛れ込む RA
時~1
がある墓地を訪ねた。 手には駅前の花屋で買い求めた小さな花束があった。
花束を手に、人通りもまばらな朝の町を歩いていると、自分が今の自分ではなくなってしまっ たような気がしてきた。 たとえば私は十七歳、よく晴れた休日の朝、花束を手にガールフレンド れの家を訪ねようとしている…そんな風にも思える。 現在の現実からはぐれて、違う時間と違う 場所に紛れ込んでしまったような奇妙な感覚だ。
あるいは私は自分のふりをしている、自分ではない私なのかもしれない。 鏡の中から私を見返 しているのは、私ではない私なのかもしれない。それはいかにも私のように見える、そして私と そっくり同じ動作をするべつの誰かなのかもしれない。 そんな気がしなくもない。
墓地は町外れの、山の麓にあった。寺の入り口までは、石の階段を六十段ほど上っていかなく てはならない。解け残った数日前の雪が固く凍りついて、石段はところどころつるつると滑った。 その寺の裏手のなだらかな斜面に墓地があり、奥の方に子易家の墓が並んだ一画があった。かな り広い一画で、手入れも怠りなく、子易家がこの地方における格式ある旧家であることを示して いた。その中に子易さん夫婦と息子の墓所があった。
添田さんが教えてくれたとおり、 新しくこしらえられた大きな墓石なので、それは遠くからで もはっきり目についた。おそらく子易さんが亡くなったとき、三人の遺骨をひとつにまとめて新 たに墓を作り直したのだろう。 子易さんが亡くなったことによって、一家三人はまたひとつに集 まることができたわけだ。 子易さんもおそらく、そうなることをなにより望んでいたに違いない。 私は子易さんのためにそのことを嬉しく思った(あるいは子易さん自身が、そうするように前も
まぎれこむ
神陽影
まちあずれ
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フように
逸れる
ほぐ