Created on September 17, 2023 by vansw

Tags: No tags

341


退治酬


「そうです」と添田さんは口元にうっすらと微笑を浮かべて言った。 「ハーメルンの町民たちは、 笛吹き男に鼠退治を頼んでおきながら、風が駆逐されても、約束したとおりの報酬を支払わなか ったので、彼はその代償に魔法の笛の音を用いて、町の子供たち全員を集め、深い洞窟の中に連 れ去ってしまいます。 あとに残されたのは、脚が不自由なために行進についていけなかった男の 子一人だけでした。そのようにして笛吹き男は、最終的には不吉な魔術的存在となります。 でも、 言うまでもないことですが、子易さんには誰かに害をなすようなつもりもなく、そんな気配もあ りません。 子易さんはただ自分の感覚に、感ずるところに、正直に率直に従っておられただけな のです。そこには他意も目的もありません。自分の姿が誰にあきれられようと、嘲られようと、 あるいは誰がそれに魅了されたとしても、そんなことはどうでもよかったのです。


あざけ


そのように身なりが変わってくるのと同時に、子易さんの体つきも急速に変化を遂げていきま した。もともとはすらりと痩せた体形の方だったのですが(少なくともそういう話です。 私が初 めてお会いしたときは、既にもう痩せてはおられませんでした)、紺色のベレー帽をかぶり、顎 髭をたくわえ、スカートをはくようになってから、あっという間に肉付きが良くなり、肥満体型 になってきました。 丸々としてこられたのです。 まるで身なりを一変することを機会に、別の人 格に乗り換えられたかのように」


「というか、本当に別の人格になってしまいたかったのかもしれませんね」と私は言った。「こ れまでの人生と決別するために、そしてつらい思い出を忘れるために」


添田さんは青いた。「ええ、あるいはそうなのかもしれません。 実際に子易さんはほどなく、 新しい人生に足を踏み入れられました。 六十五歳になられたとき、所有しておられた、もう使わ


あざける 冷び、眺


がい


遂げる


12.


341 第二部