Created on September 17, 2023 by vansw

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カートをはいて堂々と町を歩き回るというのは、まさに驚天動地の出来事でした。


彼がなぜスカートをはかなくてはならないのか、人々にはその理由がわかりませんでした。 子


しばかり緩んできたのではないかと。でも子易さんに、あなたはどうしてズボンではなくスカー 美トをはいて町を歩き回ったりするのですかと、面と向かってその理由を尋ねるような人はいませ いん。なんといっても子易さんは名のある資産家でしたし、多くの面で経済的に町に貢献してもい ました。教養もあり、円満穏やかな人柄のゆえに人望もありました。 そんな人物に向かって、 直


ぶしつけ


接不躾な質問をするわけにはいきません。だから人々は困ってしまい、ただ首を捻るばかりでし


た。いったい子易さんはどうなってしまったのだろうと。


おおもと


もちろん愛するお子さんと奥様を前後して亡くされたことが、そのときに受けた深い心の傷が、 子易さんのいわゆる 『奇行』 の大元の原因になっているであろうことは、誰にも容易に想像がつ きました。 それ以前はごく普通の身なりで、当たり前に生活なさっていたのですから。 でも不思 議なことにと申しますか、 ベレー帽にスカートという、一風変わった格好をするようになってか らの子易さんは、それ以前とは打って変わって、ずいぶん明るい性格になられたようでした。 ま るで長く閉めきられていた窓が大きく開かれ、暗いじめじめした部屋に春の陽光がふんだんに差 し込んだみたいにです。


まちなか


家を出て、積極的に町中を散策し、 そこで出会う人々と進んで話をするようになりました。 一 人でひっそり家に閉じこもって本ばかり読んでいる生活は、どうやらもう終わりを告げたようで した。町の多くの人々はそのような彼の急激な変化を歓迎しました。その様子を見てほっとし、


捻る


339 第二部


ひねる