Created on September 17, 2023 by vansw

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もっぱら



さんは隠居に近い生活を送られるようになりました」と添田さんは続けた。「まだそれほどのお 歳ではなかったのですが、一人でひっそり自宅に籠もって静かに暮らしておられました。 猫を何 匹飼い、もっぱら本を読んで日々を過ごしておられたようでした。 それから運動のためなので しょう、 よく山を散歩なさっていたようです。世間との接触は相変わらずきわめて限定されたも のでした。町の通りでたまたま知り合いの誰かに会えば、いちおうにこやかに挨拶はされますが、 あえてそれ以上の交際は求めないという風でした。そしてやがて少しずつではありますが、奇行 のようなものが目につくようになってきました」


奇行という言葉に驚いて、私は反射的に眉を寄せた。


「奇行というのは、ちょっと表現が強すぎるかもしれませんね」と彼女はそれを見て、思い直し たようにつけ加えた。「これが都会であればおそらく「少し風変わり」くらいで済んだことでし ょう。しかしなにしろこのような保守的な、狭い町のことですから、それは人々の目にはほとん ど奇行として映ったのです。 彼はまず例のベレー帽をかぶり始めました。 姪御さんがフランス旅 行した際に、お土産として買ってこられたものです。 買ってきてほしいと子易さん自身が頼まれ たということです。 そしてそれ以来彼は、一歩でも家の外に出るときには、必ずその帽子をかぶ るようになりました。もちろんそれ自体は奇行というのではありませんが、しかし、うーん、ど のように言えばいいのでしょう、子易さんがそのベレー帽をかぶると、そこには何かしら、うま く説明のつかない普通ではない雰囲気が生まれました。だいたいこの町にはベレー帽をかぶるよ うな洒落た人はまずおりません。だからその格好は相当に目立つのですが、ただ単に目立つとい うだけじゃありません。 その周囲には、あえて言うなればどこか異質な空気が生じたのです。 そ


337 第二部


ふうがわり


색다른 모양