Created on September 15, 2023 by vansw
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降ると、周りの山々から水が一気に流れ込んで、短時間のうちに激しく増水し、きわめて危険な 流れに姿を変えます。 天使が一瞬にして悪魔に変貌するみたいに・・・・・・。 時には小さな子供が流さ れたりもします。 それがどれくらい危険な流れになるか、実際に現場を目にしてみないと、なか なか想像がつかないのですが」
たしかに私にはその荒々しい姿が想像できなかった。普段は平和な見かけの静かで美しい川な のだ。
「町の人たちはみんな子易さんに心から同情しました」と添田さんは続けた。 「仲の良いご一家 で、本当に幸せそうに見えましたから。 いいえ、見えたというだけではなく、実際に幸福そのも のだったのです。美しい若い奥さんと、可愛い健康な男の子、そしておうちは裕福でした。 そこ には陰りひとつありません。でもそんな輝かしい理想の家庭が、瞬く間に崩れ落ちてしまったの です。 子易さんはまず男の子を失い、 その僅か一ヶ月半の後に奥さんまでをも失いました。 どち らも彼のせいではありません。 いいえ、誰のせいでもありません。 情けを知らない運命がその二 人を彼の元から奪い取り、連れ去ったのです。 そして子易さん一人があとに残されました」 そこで添田さんは話をいったん中断し、しばらく沈黙を守っていた。
「それは今から何年前のことなのですか」と私は少し後でその沈黙を破るために質問した。 「そ の男の子と奥さんが亡くなったのは?」
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「今から三十年前のことです。そのとき子易さんは四十五歳でした。 そしてそれ以来亡くなるま で、ずっと独身をまもってこられました。 再婚の話はもちろんいくつも持ち込まれたのですが、 どんな話も一貫して断り続け、一人でひっそり暮らしてこられました。 お手伝いを置くこともな