Created on September 15, 2023 by vansw

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子易さんはすぐに警察に電話をかけた。電話に出た警察官はたまたま彼の古い知り合いだった。 彼はそれまでの経緯を相手に簡単に説明した。朝早く目が覚めたら、妻の姿がどこにも見えなく なっていた。行方は見当もつかない。 こんなひどい風雨の中、日曜日の朝の六時前に彼女が外に 出て行くような理由は何ひとつ思いつけない。ベッドに置かれた二本の長葱のことはあえて言わ なかった。 そんなことを話しても、相手はきっとよく理解できないだろうし、かえって混乱が増 すだけだ。


「それはご心配でしょうが、子易さん、奥さんにも何かの用件があったのでしょう。きっとその うちにふらりと戻ってこられるはずです。 もうちょっと待って、様子を見てみましょう」と警官 は言った。


明白な事件性がなければ、その程度のことで警察はまず動かないのだ。 子易さんはそう思って 諦め、礼を言って電話を切った。 夫婦喧嘩をして腹を立て、そのまま家を出て行くような妻は世 間に数多くいるはずだ。そしておおかたの場合、時間が経って頭に上った血が引いてくれば、と りあえず家に戻ってくる。 警察としても、そんな家庭内のトラブルにいちいち関わってはいられ ないのだろう。


しかし八時を過ぎても彼女は戻ってこなかった。 子易さんはもう一度レインコートを着て帽子 をかぶり、雨降りの中に出た。そして時折吹く突風にあおられながらあてもなく近所を歩いてみ たが、妻の姿はどこにも見当たらなかった。 こんな天候の中、それも日曜日の朝に道を歩いてい る人なんて一人もいない。 鳥の一羽も飛んではいない。すべての生き物はどこか屋根の下で息を 潜め、嵐が通り過ぎるのを待っているようだった。 彼は仕方なく帰宅し、居間のソファに腰掛け、