Created on September 15, 2023 by vansw
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人生のパートナーに求めていたのは、燃え上がる情熱よりは浮き沈みの少ない安定した人間関係 だった。
子易さんも彼の家族親族も、彼女がその地に移って、妻として落ち着いてくれることを心から 歓迎した。 子易さんは実家から少し離れたところにこぢんまりとした新築の一軒家を用意し、 そ こで二人で生活することになった。 これでようやく彼女と当たり前の夫婦になることができたと 彼は実感し、ほっと一息つくことができた。 「通い婚」の生活はそれなりに刺激的ではあったが、 いつか彼女が自分から去っていくのではないかという不安は終始つきまとっていた。 子易さんは 自分の男性的魅力にそれほど自信が持てずにいたからだ。
子易さんは日々大きくなっていく妻のお腹を見ながら、 そして手のひらでそっと優しく撫でな がら、自分たちの間に生まれる子供のことを想像し続けた。いったいどんな子供がこの世界に生 まれ出てくるのだろう? そしてその子供はどんな人間に育っていくのだろう? どんな自我を 持ち、どんな夢を抱くのだろう?
子易さんは自分という存在の意味がうまく把握できなくなっていたが、そんなことはもうどう でもいいように思えた。 自分は親からひとまとまりの情報を受け継ぎ、そこに自分なりに若干の 変更加筆を施したものを、また自分の子供に伝達していく結局のところ単なる一介の通過点 に過ぎないのだ。延々と継続していく長い鎖の輪っかのひとつに過ぎないのだ。でもそれでいい ではないか。たとえ自分がこの人生で意味あること、語るに足ることをなし得なかったとしても、 それがどうしたというのだ? 自分はこうして何かしらの可能性――それがただの可能性に過ぎ ないとしてもを子供に申し送ることができるのだ。 それだけでも自分が今まで生きたことの