Created on September 15, 2023 by vansw
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私が心に抱えている何かしら、と私は自分の心に向かって反復した。
「私が着任してくるまではあなたの知る限り、添田さん一人にしか死後の子易さんの姿は見えな かった。そういうことですね?」
「はい、ここで彼の姿を目にできるのは、おそらく私一人だけだったと思います。 子易さんは図 書館に姿を見せると、この私だけに話しかけてきました。生きていらしたときと同じように。 で も当然ながら他の職員たちの前で、目に見えない人間と会話するわけには参りませんので、いつ も二人きりになったところで話をしました。 話すことといえば、主に図書館運営に関する事務的 な事柄ですが」
添田さんはそこで口をつぐんで気持ちを整理し、 何かを深く考えていた。そして言った。
「子易さんはきっと、この図書館の運営のことが心残りだったのでしょうね。 この図書館はいち おう〈町営〉という形を残してはおりますが、実際には文字通り彼の私有物のようなものでした から。 この図書館に関する様々なものごとはほとんどすべて、子易さんが一人で取り仕切ってお られたのです。その子易さんが去年思いもよらず急死されたあと、後任の館長が決まらないまま、 私がその代理のような役割を当座のあいだ務めておりました。しかし言うまでもないことですが、 私だけではどうしても手がまわりかねます。 私はただの現場の司書に過ぎませんから、日常の業 務についてはともかく、図書館の全体的な運営に関しては、事情のわからないこと、的確な判断 を下せないことが多々あります。 それを見かねて、子易さんは亡くなった後、ここにたびたび戻 ってこられたのだと思います。 私に援助の手を差し伸べるために」
「子易さんが亡くなったあと、あなたが彼のつまり、なんというか、幽霊となった子易さん