Created on September 15, 2023 by vansw

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た。部屋は薄暗く、天井の照明はその薄暗さをかえって強調しているかのようだ。 午後一時なの にまるで夕方のように思える。


「実は、子易さんのことについて少しお話がしたいんです」、私は前置きなしでまっすぐ本題に 入った。 添田さんには余計な回り道は抜きにして、率直に話をした方がいいだろうと思ったから だ。添田さんは表情を変えることなく小さく肯いた。唇はきっかり結ばれたままだった。 「子易さんはもう亡くなっていたのですね」、私は思い切ってそう切り出した。


添田さんはしばらく沈黙を守っていたが、やがて諦めたように小さく息を吐き、重い口を開い た。


「はい。おっしゃる通りです。 子易さんはしばらく前に亡くなっておられます」


「でも亡くなってからも生前の姿をとって、しばしばこの図書館に姿を見せる。 そうですね?」 「ええ、そのとおりです」と添田さんは言った。そして膝の上に置いていた手を上げて眼鏡の位 置を整えた。「しかしその姿は誰にも見えるというわけではありません」


「あなたには彼の姿が見える」 と私は言った。「そしてこの私にも見える」


「はい、そうです。私の知る限りではということですが、ここで死後の子易さんの姿を目にし、 言葉を交わすことができるのは、今のところあなたと私だけのようです。他の職員たちには何も 見えませんし、声も聞こえません」


添田さんは長いあいだ一人で心に抱えてきた秘密を、ようやく誰かと共有することができて、 少しほっとしているようにも見えた。それはおそらく彼女にとって少なからぬ重荷であったはず