Created on September 15, 2023 by vansw

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「いいえ」、私はあわてて言った。その言葉を強調するように何度か首を横に振った。「いいえ、 迷惑なんかではまったくありません。是非また子易さんにお会いできればと思います。お話しし たいことも多くあります。 どうすれば最も良いかたちでお目にかかれるのでしょう?」 「残念ながら、いつでも好きなときにこの姿をとってあなたの前に現れることができる、という わけではありません。 その機会は限られております。 またその時間も決して長いものではありま せん。ですから、いついつあなたにお目にかかれるか、それは自分でもわからんのです。 わたく しが自由意志で「さあ、今から姿かたちをとろう」と決めることではありませんから。もしよろ しければ、ああ、また今日と同じようにあなたのおたくに電話をおかけします。 そしてこの部屋 で、このストーブの前でお会いすることにしましょう。おそらくは夜間のこととなるでしょうが。 先ほども申し上げたように、周りが暗くなってからの方がわたくしの形象化の負担は比較的軽く なるのです。 それでよろしいでしょうか? 勝手なことを申すようですが」


「けっこうです。 何時でもかまいません。 電話をください。 ここにうかがうようにします」


子易さんはしばらく考え事をしていたが、ふと思いついたように顔を上げて言った。 「ところ で、あなたは聖書をお読みになりますか?」


「聖書? キリスト教の聖書のことですか?」


「はい、バイブルのことです」


「いいえ、きちんと読んだことはありません。 私はキリスト教徒ではありませんので」


「ああ、わたくしもキリスト教徒ではありませんが、信仰とは関係なく聖書を読むのは好きです。 若い頃から暇があれば手に取ってあちらこちらと読んでおりまして、いつしかそれが習慣のよう