Created on September 12, 2023 by vansw
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子易さんはそう言って、おかしそうに小さく笑った。私は言った。
「つまり子易さんは亡くなった後も、そのままここに留まり、従来通り図書館長の職を務めてこ られた?」
「はい、添田さんから、何か実務上の問題について相談されれば、その度に適切と思える助言を 与えたり、判断を下したりして参りました。 ええ、そうです、 生前ここの図書館長を務めていた ときとおおむね同じようにです」
「しかしいくらなんでも、死者が幽霊となって実質的な図書館長を務めていると、世間に公言す るわけにはいかないし、 いろいろな局面で、日々の実務をこなす責任者がどうしても必要になっ てくる。 それで新たな図書館長を――つまり生身の肉体をそなえた適当な人材を外部から募 集することにした。 そういうことなのでしょうか?」
子易さんは私の言ったことに対して、何度かこっくりと肯いた。自分が語ろうとしていたこと を、適切な言葉にしてくれてありがたいというように。
「はい、有り体に申し上げまして、要するにそういうことです。 しかしあなたが面接にこちらに 見えたとき、その姿を一目拝見して、わたくしにはすぐさまわかったのです。 ああ、そうだ、こ の人はなにしろ特別な人だ。 この人はおそらくわたくしの存在を、仮初めの身体を伴った意識と してのわたくしのありようを十全に理解し、そのまま受け止めてくださるに違いないと。それは なんと申しますか、思いもかけぬ奇跡的な邂逅でありました」
子易さんはストーブの前でその小さな身体を温めながら、賢い猫のようにまっすぐ私の顔を見
がんか
ていた。その小さな目が眼窩の奥できらりと一瞬光った。
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