Created on September 12, 2023 by vansw

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この図書館につきましては、個人的な思い入れというか、それなりの愛着がありましたので、そ れが何かしら関係しているのかもしれません。 といっても、この図書館に関して何かやり残した ことがある、というようなことでは決してないのですが」


「いずれにせよ、この町の人々はみんな、もう子易さんは死んでいなくなったものと考えている わけですね」


「そのとおりです。 というか、考えるも何も、わたくしはもう現実に死んでいなくなっておりま す。そしてわたくしのこの仮初めの姿かたちは、特別な人の目にしか映らないのです」


私は尋ねた。「添田さんは、 あなたがこの図書館に現れることをご存じのようですね」


「はい、添田さんは、わたくしが幽霊となっていることを基本的に承知しておられます。 わたく しと添田さんとは長きにわたるつきあいで、ある意味深いところでお互いを理解し合っておりま すし、彼女もわたくしが幽霊となったことを、いわば自然の現象として、問わず語らずそのまま 受け入れてくれております。 むろん最初のうちは少なからず驚かれたようでしたが」 「でも他のパートの女性たちには、あなたの姿は見えないのですね?」


「はい、この姿が見えるのは、あなたの他には添田さん一人だけです。 いつもいつも見えるとい うのではありませんが、必要に応じて彼女にはわたくしの姿が見えます。 他の人たちはみんな、 わたくしはもう死んでいなくなったものと思っています。 まあ、実際には死んでいなくなってい るわけですが......。 ですから他の人がいる前では、添田さんともあなたとも会話を交わすことは 控えております。 そんなところを誰かに見られたりしたら、 それはずいぶん奇妙な光景に映るこ とでしょうから」


297 第二部