Created on September 12, 2023 by vansw

Tags: No tags

296


にいるようなわけであります」


私は質問した。 「あなたが亡くなってから、そうしてそのようなかたちに、つまり……幽 霊になられるまでに、何か段階のようなものはあったのでしょうか?」


「いいえ、段階というようなものはございませんでした。気がついたときには、ああ、わたくし はもうこのような状態になっておったのです。 時間的なことを申し上げれば、わたくしが死んだ のが今から一年あまり前で、 それからこのようなかたちをとるようになったのが、つまり実際の 肉体を持たない意識という存在になりましたのが、死後一ヶ月半ばかりのことであったと記憶し ております。 わたくしが死んで、葬儀が行われ、遺体が焼かれ、お骨が墓に納められたそのあと で、わたくしはこうして幽霊となってこの地上に戻ってまいったわけです。 その間に何があった のか、どのような段階が踏まれたのか、それはわたくしには把握できておりません」


彼の話についていくために、時間をかけて頭の中を整理しなくてはならなかった。 整理するも 何も基本的には、相手が語ることをそのまま事実として受け入れるしかなかったのだが。


私は尋ねた。「この世に何か心残りがあるから戻ってきた、というようなことではないのです ね?」


「はい、幽霊とはそのようなものだと一般的には思われているようですが、 わたくしの場合、 こ の世に心残りやら悔いみたいなものはとくにございません。 振り返ってみますに、 まあたいした 出来のものではありませんが、山も谷もある人並みの一生だったと思っております」 「ただ、ご自分でもよくわからないうちに死後、その、意識がこの世に戻ってきたと」


「はい、そのとおりです。このような存在になったのは、自ら望んだことではありません。ただ


こつ


296