Created on September 12, 2023 by vansw

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「もともと心臓はあまり丈夫ではなかったのですが、それまで大きな問題が起きたこともなく、 またその一週間前に郡山の病院で年に一度の健康診断を受けたばかりでありました。そのとき 「とくに変わったところはない」と医師に言われました。ですから自分が心臓発作で死ぬことに なるなんて、思いもしません。 ところがある朝、出し抜けにそれが起こったのです。 わたくしの 経験から申し上げまして、人生における重要なものごとは、 てい予想もしないときに起こる


ものです。 そして死ぬというのはまあ、人生におけるかなり重要なものごとのひとつであります から」


子易さんはそこでくすくすと小さく笑った。


「わたくしはその朝、近所の山を一人で散歩しておりました。杖をついて、その杖の手元には熊 よけの鈴をつけておりました。季節は秋で、その時期には時折、冬眠前に栄養をつけるために、 熊が里近くまで降りてきます。 でも鈴を鳴らしながら歩けば、人が襲われる心配はまずありませ ん。少なくともそのように教えられました。 そういう山歩きがわたくしのささやかな健康法だっ たのです。ところがその散歩の途中で、急に目の前がうっすら白っぽくなって、意識が少しずつ 遠ざかっていくような感覚がありました。 これはちょっといけないなと、近くの松の幹に寄りか かったのですが、 それでも身体をうまく支えきることができず、地面にずるずると滑り落ちてし まいました。胸の内側で心臓が大きな音を立てていたことを覚えております。たくさんのこびと たちが遠くの丘の上にずらりと並んで、それぞれに力の限りに太鼓を打ち鳴らしているような、 そんな感じのおどろおどろしい音でした。 こびとたちは遠くにいましたし、その顔は陰になって よく見えません。でも彼らの腕の力はとびっきり強いらしく、太鼓の音はすぐ耳元に聞こえまし


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こびと合