Created on September 12, 2023 by vansw

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かというのは深い謎であります。死んで、こうして幽霊になってからも、というか、幽霊になっ てしまったからこそと申しましょうか、わたくしには余計にそれがわからなくなってしまったの です。多くの人は「魂」という言葉を好んで口にします。 しかし魂がどんなものなのか、それを 明確にわかりやすく定義し、説明してくれた人はいません。その言葉はあまりにも頻繁にいろん な局面において使われるものですから、みんな魂というものはわたくしたちの体内に怠りなく存 在すると、漠然とではありますが信じております。 でも、実際に死んでみればわかることですが、 魂なんていうものは目にも見えませんし、手でも触れられません。 それを用いて何か特別なこと をする、みたいなこともかないません。 わたくしが思いますに、実際に我々の頼りになるのは、 なんといっても意識と記憶だけです」


私はそれについてはとくに個人的意見を述べなかった。 死者が目の前に現れて、 「魂なんてあ るかどうかもわからない」と言うとき、それについてどんな反論ができるだろう?


「それで、子易さんはいったいどのようにして亡くなられたのですか?」と私は尋ねた。「そし てどうやって、その、つまり、幽霊になられたのですか?」


「はい、自分が死んだときのことはよくよく覚えております。 わたくしが落命した直接の原因は 心臓発作でありました。 とにかくあっという間もなく死んでしまったのです。 ああ、自分は死に つつあるんだというようなことさえ考えもしませんでした。 考える暇もなかったのです。 よく人 は死ぬる瞬間に、一生の出来事が走馬灯のように駆け巡ると申しますが、 わたくしの場合はそん なものひとかけらも出てきませんでした」


子易さんはしばらく腕組みをして首を深く傾げていた。そして話を続けた。


293 第二部