Created on September 12, 2023 by vansw

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しかし疑問点は数多くあった。当たり前の話だが、幽霊に関して我々が知らないことは数限り なくある。


「はい、わたくしにもわからないことは数限りなくあります」と子易さんは私の考えを読んだよ うに言った。「なぜわたくしが死んで無に帰することもなく、こうして意識を保ち、仮初めの姿 かたちを保ち、この図書館に留まり続けていられるのか、自分でもよくわからんのです」


私は何も言わず子易さんの顔をじっと眺めていた。


「意識というのはまったくもって不思議なものです。 そして、死んでからもなお意識があるとい うのは、ああ、もっと更に不思議な気のするものです。 「意識とは、脳の物理的な状態を、脳自 体が自覚していることである」という説を何かの本で読んだことがあります。 はて、いかがなも のでしょう、それは果たして正しい定義なのでしょうか? どうお考えになります?」 意識とは、脳の物理的な状態を、脳自体が自覚していることである。


私はそれについて考えてみた。


「そういわれれば、そういうことになるかもしれませんね。筋としては正しいように聞こえます が」


「はい、であるとすれば、わたくしにはまだ脳が存在しているということになります。 そうです ね? 意識があれば、ああ、そこには必然的に脳がある。 しかし、身体はもう存在していないけ れど、なおかつ脳は今も存在しているというようなことがあり得るでしょうか? 果たしてそん なことが起こり得るでしょうか?」


子易さんの話に追いついて行くには、ある程度の時間と努力が必要だった。なにしろその話の


291 第二部