Created on September 12, 2023 by vansw
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「はいもうこの世に生きてはおりません。 凍えた鉄釘に劣らず、命をそっくりなくしておりま す」
私は彼が口にしたことについてしばらく考えてみた。凍えた鉄釘に ず命をなくしている?
何かを言わなくてはならないのだろうが、何をどう言えばいいのか、言葉が見つからなかった。 「あなたが亡くなっているということに間違いはないのですね?」 とようやく私は言ったが、い ったん口に出してみると、 それはひどく馬鹿げた質問に聞こえた。
しかし子易さんは生真面目な顔でこっくりと肯いた。
「はい、死んでいることに間違いはありません。なんといっても自分の生き死にのことですから、 それについてのわたくしの記憶は確かですし、役所には然るべき公的な記録も残っておるはずで す。そして町の寺の墓地には、ささやかながらわたくしの墓も建っております。 お経もあげても らいましたし、どんなものだったかよく覚えておりませんが、いちおう戒名もいただきました。
死んだことにあくまで間違いはありません」
「でも、こうして向かい合ってお話ししていると、死んだ人のようにはとても見えませんが」
289 第二部