Created on September 12, 2023 by vansw

Tags: No tags

279


あてもなく硬01.


ストーブの前に屈み込んでマッチを擦り、丸めた古い新聞紙に火をつけ、それを細い柴へと、 それから太い薪へと徐々に燃え移らせていく。うまくいかず、また最初から手順を繰り返すこと もある。それは儀式にも似た厳粛な作業だった。 遥か古代から、人々が同じように続けてきた営 為だ(もちろん古代にはマッチも新聞紙も存在しなかったが)。


炎がうまく落ち着いて安定し、 ストーブそのものが温もりを持ってくると、水を張った黒い薬 罐をその上に載せる。やがてそれが沸騰すると、子易さんから受け継いだ陶製のティーポットを 使って紅茶を淹れる。 そして机の前に座り、その温かいお茶を味わいながら、 高い壁に囲まれた あの街と、図書館にいた少女のことをあてもなく考える。 何はともあれ、考えないわけにはいか ない。そのようにして冬の朝の半時間ほどが、とりとめもなく過ぎ去っていく。 私の意識は二つ の世界の間をあてもなく往き来している。


でもそれから私は気持ちを取り直し、 何度か深呼吸をし、鉤を鉄の輪っかに通すみたいに意識 こちらの世界に繋ぎ止める。 そしてこの図書館における私の仕事にとりかかる。私が〈古い 夢〉を読むことはもうない。私がここでやらなくてはならないのは、もっとありきたりの事務作 業だ。 与えられた書類に目を通し、そこにしかるべき書き込みを行い、日々の細かい収支を点検 し、図書館の運営に必要なものごとのリストを作成する。


そのあいだストーブは着実に燃え続け、 林檎の古木はかぐわしい香りで狭い部屋を満たしてく れる。


子易さんから自宅に電話がかかってきたのは夜の十時過ぎだった。町に引っ越してきて以来、


S


しゅうし


ともあれ


とりとめ暗


279 第二部


(別) かず