Created on September 12, 2023 by vansw
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適度に甘く、きりっと酸っぱく、自然な滋味が身体にじわりと沁みていった。
子易さんは言った。「いろんな薪を試してみましたが、林檎の古木がいちばんです。火付きが よろしいし、煙の匂いも香ばしい。これだけの薪が手に入ったのは幸運というべきでしょうな」 「そうでしょうね」 と私は同意した。
子易さんはストーブの前に立ってひとしきり身体を温めると、私の机の前にやって来て、椅子 に腰を下ろした。 床を歩む彼の足はほとんど音を立てなかった。 よく見ると彼は白いテニスシュ ーズを履いていた。もうそろそろ本格的な冬に入ろうとしているのに、いまだに薄底のテニスシ ユーズを履いているというのはいささか妙な話だなと私は思った。 おおかたの人たちは既に冬用 のライニング付きの厚底の靴に履き替えているというのに。 しかし子易さんの振る舞いについ て、世間一般の常識を適用するのは所詮意味のないことだ。
それから子易さんと私は図書館業務の、いくつかの細かい点について話し合った。 図書館業務 についての子易さんの説明は常に明瞭かつ具体的で、また要を得ていた。彼はいくつかの不思議 な――あるいは突飛なともいうべきか性向を有する老人だったが、 こと図書館の仕事に関す る限り、その意見は常に当を得て実用的だった。そういう実務的な話をするときには目つきまで 変化した。 一対の宝石でも埋め込まれているかのように、両目の奥がきらりと小さく輝くのだ。 彼がこの図書館を愛していることはなにより明らかだった。
子易さんは上着を脱いで椅子の背にかけ、首に巻いたスカーフをとり、ベレー帽をとって、い つものように大事そうに机の上に置いた(これまでとは異なる机だったが)。そしてくつろいだ
ひとしきり
部
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한차례