Created on September 11, 2023 by vansw
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うことはこの場では質問しない方がいいだろうという気がなんとなくしたからだ。
煙突の清掃が終わるのを二日間待ち、それから私はその半地下の真四角な部屋を自室として使 い始めた。 添田さんはそのことをパートタイムの職員たちに通達した。 彼女たちはとくに何も言 わず、それを通常のこととして受け入れたようだった。その移動はこれまでも子易さんが毎年同 じようにおこなっていたことなのだ。
引っ越しは簡単だった。 書類入れのキャビネットとライトスタンドを新しい部屋に移しただけ
やかん
だ。 それから薬罐とお茶のセットを運んだ。 部屋に電話回線の差し込み口はなかったから電話器 は移せなかったが、それでとくに支障が生じることもなかろう。
その部屋に執務室(と言っていいだろう)を移してから、私が最初におこなった作業は薪を運 び込むことだった。 薪は庭にある納屋に積み上げられていた。 私はそこにあった竹の籠に薪を入 れて半地下の部屋に運んだ。 そしてストーブにその薪を何本か入れ、新聞紙を丸め、マッチを擦 って火をつけた。給気口のつまみを回して空気の入り具合を調整した。 薪はほどよく乾燥してい たらしく、簡単に火がついた。
長く使われていなかったストーブが温かみを取り戻すまでに時間がかかった。 私はストーブの 前に座り、オレンジ色の炎が静かに踊り、積まれた薪たちがその形状を徐々に変えていくのを、 飽きもせず見つめていた。真四角な半地下の部屋はひどく静かだった。音らしきものは何ひとつ 聞こえない。ときおりストーブの中から何かがはぜる、ぱちんという音が聞こえたが、それ以外 にはただ沈黙があるだけだ。 四つの物言わぬ裸の壁が私のまわりを囲んでいた。
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