Created on September 11, 2023 by vansw

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「この建物で、薪ストーブを使っている部屋は他にもあるのかな?」


添田さんは首を振った。 「いいえ、この館内で薪ストーブを使っているのはあの半地下の部屋 だけです。 他にも薪ストーブはあったのですが、 改築したときにみんな取り払われ、処分されて しまったということです。 あの部屋のストーブだけは子易さんの希望で残されたのです」


私はそのとき不思議に思った。 添田さんが建物の内部を案内してくれたとき、その部屋を見せ られた覚えは私にはなかった。 もし目にしていたら、その部屋のことは間違いなく記憶に残って いるはずだ。部屋は奇妙なほど真四角だったし、そこには薪ストーブも置かれていた。私がそれ を見逃すはずはない。


なぜ添田さんは私にその部屋を見せなかったのだろう? わざわざそこを見せる必要はないと 考えたのだろうか。あるいはただうっかり案内し忘れたのかもしれない。 それともいちいち鍵を 探して錠を開けるのが面倒だったから、あえて省略したのかもしれない。しかし彼女の几帳面な 性格からすれば、そのような可能性は考えにくかった。いったん定められたルーティーンは、ど れほど手間のかかることであれ、すべて遺漏なく踏襲していく性格の人だったから。


それにしてもどうして、あの部屋に鍵がかけられていたのだろう? 子易さんが解錠したとき の音の大きさからして、それは相当に頑丈な鍵のように見えた。 でもあの部屋には盗まれて困る ようなものはひとつもない。そんなところにいちいち鍵をかける必要なんてないはずだ。 何のた めの施錠なのだろう?


でもそんな疑問はすべて自分の中に仕舞い込み、添田さんの前では持ち出さなかった。 そうい



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