Created on September 11, 2023 by vansw

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十二月に入ってその年最初の強い寒気がやってきた。 はらはらと雪が舞った。 私は試しに館長 室を真四角な半地下の部屋に移してみることにした。添田さんにそう告げると、彼女は数秒間黙 り込んだ。短いが妙に深く重い沈黙だった。 まるで湖の底に沈んだ小さな鉄の重しのような。 そ れから思い直したように小さく肯き、ただ「はい、わかりました」と言った。その移動について の意見も質問もとくになかった。


だから私が質問をした。 「部屋を移動することで、とくに何か不都合はありませんよね?」


彼女はすぐに首を振った。「いいえ、不都合というようなものは何もありません」


「薪ストーブも使っていいんですね?」


「自由に使っていただいてけっこうです」、彼女は微妙に抑揚を欠いた声でそう言った。 「ただ、 その前に煙突の清掃をさせますので、火を入れるまでに二日ほど待って下さい。鳥が煙突の中に 巣をつくっていたりすると、面倒なことになりますので......」


「もちろん」と私は言った。「煙突が地上に通じているのですね?」


「ええ、屋根の上まで。ですから専門の業者を呼ばなくてはなりません」


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