Created on September 11, 2023 by vansw
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直そのもののツイードの上着、深緑色の無地のベスト。 ネクタイを締めることはなかったが、い つも乱れのない、少しばかり古風ではあるが見るからに清潔な衣服を着用していた。 そんなごく 当たり前の中高年男性風の着衣と、スカート(そしてタイツ)の取り合わせは、どう見てもしっ くり馴染んでいるとは言い難かったが、本人はそんなことを微塵も気にかけていないようだった。 そしておそらく町の人々もそんな姿を長年見慣れて、いちいち気にとめたりしないのだろう。
みじん
**町における私の日々は、そのようにこともなく過ぎ去っていった。 私は新しい日常を受 け入れ、少しずつそれに心と体を馴染ませていった。 残暑も終わり、次第に秋が深まり、町を取 り囲む山々が様々な色合いの紅葉に美しく彩られた。休みの日には私は一人で山道を散策し、自 然の描く鮮やかな美術を満喫した。 そうするうちにやがて避けがたく、 冬の予感が周囲に漂い始 めた。山間の秋は短いのだ。
「ほどなく雪が降り始めるでしょう」、子易さんは帰り際に窓の前に立ち、雲の動きを仔細に観 察しながらそう言った。小ぶりな両手は腰の後ろでしっかり組まれていた。
「そういう匂いが空中に漂っております。 このあたりの冬は早い。 あなたもそろそろ雪靴を用意 された方がよろしいでしょう」
255 第二部