Created on September 11, 2023 by vansw

Tags: No tags

252


い木材でできた巨大な作業机があり (かつて造り酒屋であった当時は、何かとくべつな用途に使 われていたのだろう)、その上には本の修繕のための様々な道具や、各種事務用品が雑然と散ら ばっていた。


来館者が利用する閲覧室は高い吹き抜けになっていて、いくつも明かり取りの窓がついていた が、それ以外の部屋にはほとんど窓がなく、空気はどことなくひやりとして、湿り気を含んでい た。それらの部屋はかつては各種原料の貯蔵に使われていたのかもしれない。


一般の人が上がれないようになっている二階部分には、こぢんまりとした館長室(私はそこで 多くの時間を過ごす)、窓に厚いカーテンの引かれた薄暗い応接室、そして職員の控え室があっ た。 応接室には布張りの重厚なソファと安楽椅子のセットが置かれていたが、その部屋が実際に 使用される機会はほとんどないということだった。 「もしそうしたければ、ソファを昼寝用に使 っていただいてけっこうです」と添田さんは言った。 でもその部屋の空気はいやにほこりっぽく、 忘れられてしまった時代の匂いがした。 そしてカーテンとソファ・セットの布地の色合いには、 どことなく不穏な趣があった。過去にここで起こった出来事の、不適切な秘密を吸い込んでいる かのような。 仮に強烈な眠気に襲われたとしても、そこで昼寝をする気持ちにはなれそうにない。 職員のための控え室は二階廊下のいちばん奥にあり、一般に「休憩所」と呼ばれていた。そこ にはロッカーがあり、小さなキッチンがあり、簡単な食事をとれるテーブル・セットが置かれて いた。男子禁制というわけではなかったけれど、実質的には、その部屋を使うのは女性に限られ ていた。彼女たちはパーティションの奥で服を着替えたり、ひそひそと噂話を交換したり、持ち 寄ったおやつを食べたり、お茶やコーヒーを飲んだりした。 ときどき彼女たちの楽しげな笑い声


252