Created on September 11, 2023 by vansw
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留まる嘘
図書館として使用されていない建物の奥の部分は入り組んだ間取りになっており、 一度見てま わったくらいでは、全体の構造が把握しきれなかった。 曲がりくねった暗い廊下があり、細かい 段差があり、猫の額ほどの狭い中庭があり、謎めいた小部屋があった。 用途のわからない、奇妙 な形の古風な器具が積み上げられた納戸もあった。
なんど
建物の裏には大きな古井戸があった。井戸には分厚い蓋が被せられ、大きな石が重しとして置 かれていた(「どこかの子供が蓋を開けて、誤って落ちたりしないようにです」と添田さんが説 明してくれた。「とても深い井戸ですから」)。 裏庭の隅には、優しい顔をした小さな石の地蔵も られていた。
「図書館として使えるように、いちおう改築はされましたが、予算の都合もあって、あくまで部 分的な手入れに留まっています」と添田さんは言った。 「ですからこのように、現在は使用され まていない部分、使いようのない箇所が、 手つかずのまま残されています。 私たちは今のところ、 全体の半分ほどを図書館部分として使わせてもらっているだけです。もちろん半分を使わせても らえるだけでもありがたいわけですが」
そう言う彼女の声には、まったくと言っていいほど感情がこもっていなかった。中立的という より、まるで誰かに立ち聞きされることを恐れるような少し緊張した響きがそこにはあった(私 は思わずあたりを見回したほどだった)。おかげで彼女の気持ちがこの建物に対して否定的なの か肯定的なのか、もうひとつ判断がつかなかった。
二階建ての建物の階下部分には雑誌ラウンジ、書物閲覧室、書庫、倉庫、作業室などがあった。 作業室では各種カードの作成や、書物の修繕が行われるということだ。 作業室の中央には、分厚
2004
ふた かぶ
251 第二部