Created on September 10, 2023 by vansw
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いくら考えてもわからない。私はただ途方に暮れるしかなかった。 もっとも今のところ、その ことによって現実的に何か不都合が生じているわけではない。 子易さんと添田さんの協力があっ て、私は順調に仕事の要領を身につけつつある。だから「まあいいさ、そのうちにものごとは落 ち着きを見せていくだろう」と気楽に構えていることにした。 子易さんが言ったように、いろん なものごとは次第に明らかになっていくだろう。ちょうど夜が明けて、やがて窓から日が差して ぐるみたいに。
図書館は朝の九時に開館し、夕方の六時に閉館した。私は毎日、午前八時半に出勤し、夕方の 六時半に退館した。 朝に入り口の鍵を開け、夕刻に鍵を閉めるのは司書の添田さんの役割だった。 私も鍵をワンセット与えられていたが、それを使用する機会はほとんどなかった。戸締まりに責 任を持つのは彼女の役目だったし、私はその作業をこれまで続いてきた習慣通り彼女に任せきっ ていた。私が朝に出勤したときには既に図書館は開いており、 添田さんはデスクに向かっていた し、私が夕方に退館するときには、添田さんはやはりまだデスクに向かっていた。
「気にしないでください。 これが私の仕事ですから」、 先に退館することで申し訳なさそうな顔 をする私に、添田さんはそう言った。
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第
そんな添田さんの姿を見ていると、壁に囲まれた街の図書館を思い出さずにはいられなかった。 あの図書館でも鍵を開け閉めするのは「彼女」の役目だった。その少女は大きな鍵束を大事そう に持ち歩いていた。 ただひとつ違うのは、あの図書館では入り口の扉が閉じられたあと、私が彼 女を住まいまで歩いて送っていったことだった。川沿いの夜の道を、私たちは「職工地区」に向
部
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