Created on September 10, 2023 by vansw

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図書館の日々の利用者と、私がじかに接触する機会はほとんどなかった。 誰かと会話を交わす ようなこともなかった。 私はそこに存在しないも同然だった。 この図書館を利用する人々は、図 書館長が替わったことを承知しているのだろうか? 私にはそれさえうまく判断できなかった。 この図書館に着任して以来、 誰にも紹介されなかったし、私に話しかけてくる人もいなかった。 図書館で働く何人かの女性たちを別にすれば、私という人間が新たに出現したことに対して、 こ の町の人々は誰ひとりとして、注意も関心も払っていないように思えた。


こんな狭い町だから、図書館長が子易さんから私に替わったことは、おそらくみんな聞き知っ ているはずだ。そういう情報が伝わらないわけがない。 そして私の知る限りにおいては、このよ うな人の出入りの少ない小規模な町に住む人々が、都会から移り住んできた新来者に対して、 好 奇心を抱かないはずがないのだ。


しかし誰ひとりとして、そんなことはまったく表情に出さなかった。 人々はごく当たり前の顔 をして図書館にやって来て、いつもと変わることなく行動し、私が閲覧室に顔を出しても、ちら りともこちらを見なかった。 彼らはラウンジの椅子に座って新聞や雑誌を熱心に読み、あるいは 閲覧室で借り出した本のページを繰り、私がそばを通りかかっても、反応らしきものを毛ほども 示さなかった。まるでみんなで申し合わせたみたいに。


いったいどうしてだろうと、私は首を捻らないわけにはいかなかった。 人々は私が子易さんの 後継者として、この図書館に着任したことに本当に気づいていないのか? それとも何らかの理 由があって――それがどのような理由なのかは推測もつかないが―彼らは私を「存在しないも の」として無視、黙殺しようと心を決めているのだろうか?


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