Created on September 10, 2023 by vansw

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ターネットで情報をチェックする必要もない。


そんなわけで私は、館長室のデスクの上に積み上げた手書きの書籍閲覧リストや貸し出しカー ドにひとつひとつ目を通し、この図書館の活動のあらましを頭に入れていった。といっても、そ のような調査作業によって何か有益な、 目覚ましい情報が手に入れられたわけではなかった。 閲 覧されたり貸し出されている書物は、おおかたがそのときどきのベストセラー本であり、そのほ とんどは実用書か、気楽に読めるエンターテインメントだった。 しかしたまにドストエフスキー やトマス・ピンチョンやトーマス・マンや坂口安吾や森鷗外や谷崎潤一郎や大江健三郎の小説が 借り出されていた。


町の大半の住民はそれほど熱心な読書家とは呼べないものの、中には (おそらく少数ではある ものの)この図書館に足を運ぶことを日常的な習慣とし、前向きで健康的な知的好奇心を有し、 本格的な読書に勤しんでいる人々も存在するというのが、手間のかかる手作業の末に到達し た結論だった。その比率が全国平均と比べて慶賀すべきものなのか、慨嘆すべきものなのか、そ こまでは判断できない。私としてはそれを「今ここにある現実」として受け入れていくしかない。 この町は(少なくとも今のところ) 私の意思や希望とは関係なくひとつの現実として存在し、機 能しているのだから。


暇があれば図書館の書架を見回り、置かれた本の状態を点検した。いたんだ書籍があれば修繕 し、収められた情報が古くなりすぎたものや、もうおそらく誰も関心を持たないだろうと思える 内容のものは処分し、あるいは奥の倉庫に仕舞い込み、それに代わるものを補充した。 新刊書の


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