Created on September 10, 2023 by vansw

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私はあるとき、館長室で二人で紅茶を飲んでいるとき、思い切って子易さんに尋ねてみた。


「この図書館にはいちおう 「Z**町』という名前が冠されていると思うのですが、私が町役場 に顔を出して、挨拶だけでもした方がいいのではありませんか?」


子易さんはそれを聞くと、小さな口を半ば開き、虫を間違えて喉の奥に呑み込んでしまったと きのような顔をした。


「はあ、挨拶と申しますと?」


「つまり… 顔つなぎというか、何かあったときのために、町の運営をしている人たちといちお う面識があった方がいいのでは?」


「顔つなぎ」と彼は困ったように言った。


私は黙って子易さんの発言の続きを待った。


子さんは居心地悪そうにひとつ咳払いをしてから言った。「そういうものは、ああ、たぶん 必要ないでしょう。 この図書館は事実上、町とは何の関係もありません。 図書館はなにものから も自立しております。いちおう「Z**町」という名前がついておりますが、名前を変更するの が手続き上なにかと面倒なもので、そのまま使用しておるだけです。 ですから町に挨拶をする必 要などまったくありません。 そんなことをしても、話が余計に面倒になるだけです」


「理事会に私が出向いて挨拶するような必要はないのでしょうか?」


子易さんは首を振った。「そんな必要はないし、またそんな機会もありません。 理事会が開か


れることもほとんどないからです。 前にも申し上げたと思いますが、要するに形だけの理事会で すから」


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