Created on September 10, 2023 by vansw

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小さな町の図書館とはいえ、館長という職に就いたからには、いろんなところに挨拶に行った り、偉い人に紹介されたりということになるのだろうと予想していたし、それなりの覚悟は決め ていた。その手の「社交」は得意な方ではないが、職務上やらなくてはならないことはとりあえ ず不足なくこなしていこうと。 私も二十年以上にわたって会社勤めをしてきたから、必要とあら ばそれくらいはできる。


しかし予想に反して、そんなことはただの一度も起こらなかった。私はその町の誰にも紹介さ れなかったし、誰のところにも挨拶に行かなかった。 司書の添田さんがパートの女性たち全員に (といっても全部で四人しかいなかったが)、私を新任の図書館長として紹介し、テーブルを囲ん で一緒にお茶を飲み、カップケーキを食べた。全員が簡単な自己紹介をした。ただそれだけ。 実 にあっさりとしたものだった。


もちろん私はそういう展開をありがたく思ったが、それでもなんとなく拍子抜けしたというか、 狐につままれたような心持ちではあった。 何か大事な、 必要なものごとがうっかり見過ごされて いるのではあるまいか、と。


241 第二部