Created on September 10, 2023 by vansw

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とができた。 知らなくてもいいことは、知らないでいる方がいいのだろう。おそらく。


司書の添田さんの夫は、この町の公立小学校の教師をしており、二人の間に子供はいないとい うことだった。彼女は長野県生まれの人で、結婚して故郷を離れ、この町に住むようになった。 それからおおよそ十年が経過している。 それでもいまだにこの町では、基本的に「よそ者」とし て扱われているということだ。 人の行き来の少ない、山に囲まれた土地なのだ。 排他的とまでは いかずとも、よそから来た人を受け入れることに関して人々はどうしても消極的になる。いずれ にせよ彼女はきわめて有能な女性で、 図書館の事務的な雑事をほとんどすべて受け持ってくれて いた。何ごとにおいても判断が速くきっぱりとしていて、しかも間違いがない。


「添田さんがいなくなったら、 ああ、この図書館はおそらく一週間ともたんでしょうな」と子易 さんは言った。 そしてここで日を送るにつれて、私もその見解に深く同意するようになった。


結局のところ、 彼女がこの図書館の活動の中心軸となっているのだ。もし彼女がいなくなれば、 おそらくそのシステムは徐々に動きを鈍くし、やがては回転することをやめてしまうかもしれな い。彼女は町役場との連絡を緊密に取り、働く人の配置を調整し、給湯器の故障から電球の交換 に至るまで、図書館の運営に支障が出ないように、 そして利用者から苦情が出ないように、細か く注意を払っていた。パートの女性たちを適切に指導監督し、何か支障があれば間を置かず問題 を正した。図書館の催し物があれば、必要とされる事物をリストにし、遺漏なく揃えた。 庭の植 第 栽にも目を配らなくてはならなかった。 その他、図書館の運営に必要なものごとは、おおむねす


べて彼女のコントロール下にあった。



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