Created on September 10, 2023 by vansw
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寡黙さの反動もあってか、実によくしゃべった。だいたいが女性同士のひそひそ話だったから、 私はそういう場所にはできるだけ近づかないようにしていたのだが。
しかしそのようにおしゃべりな割に、彼女たちは私の前では子易さんについての話はほとんど 持ち出さなかった。他のものごとについてはこの図書館について、この町について)、 彼女た ちは親切に事細かに、様々な知識を惜しみなく私に与えてくれたのだが、子易さんのことになる と、彼女たちの口調はなぜか急に重く、曖昧なものになった。そして彼女たちの個人的意見は、 あるいは総体としての意見は、汚れた洗濯物のように、どこか奥の方にそそくさと仕舞い込まれ
てしまった。
そんなわけで、私は子易さんという人物についての情報をどこからも仕入れることができなか った。その個人的背景は謎に包まれたままだった。 なぜ彼女たちがスカートをはいた個性的な、 小柄でこぎれいな老人について、多くを語ろうとしないのか、理由はよくわからない。それはあ
る種の「禁忌」に近いもののように感じられなくもなかった。 鎮守の森の祠を決して開いて覗い てはならない、とでもいうような。 素朴な――しかし深層意識にまでしっかり染みついた―種 類のタブーだ。
だから私も意識して、子易さんについて話すことはなるべく避けるようにしていた。 こちらと しても彼女たちを困らせたくはなかったからだ。また子易さんがどのような背景を有した人物で あるにせよ、それはこの町の図書館における私の職務に少なくとも現在の時点において とくに影響を与えるものではなかった。 子易さんは私に図書館長としての仕事の要諦を親切に、 要領よく伝授してくれたし、おかげで私は彼がこれまで受け持っていた職務を円滑に継承するこ
きんき
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